行商人
あるお宅で、いつものように、読経して振り返ると、おばあさんが、衣類をたたんでおられます。
「沢山の衣類ですね!」と私は、少し驚いて尋ねました。
「はい、明日から奈良の奥のほうに、行商に行きます!」とおばあさん。
すると、奥の方から娘さんが
「お母さん、仕入より安く売ってるのに、何が行商なのですか!」
おばあさんは行商に行くと、楽しみに待っている人がいてとても嬉しいらしい。
旅をして物を売るのが、若い頃からの夢だったそうです。
娘さんから批判されても、とてもいきいきとされています。
その出来ごとから数十年。
その娘さんのお宅にお参りに行きました。
仏間でご主人は病いで寝ておられ、奥様は隣の部屋からお話されます。
障子や襖は穴だらけです。
ご主人は辛い思いをされていてちょっとした事で気分を悪くされ、穴があいたのではないかと私は推測しました。
私は、夢を追いかけていたおばあさんの、活き活きした表情を思い出していました。
シビアに現実生活を生きていても、過去を振り返ると、夢幻(ゆめまぼろし)のようだとよく聞きます。
私のお寺でお話されたという、正親含英先生の『夢のみまこと』という言葉を味わっています。
『夢のみまこと』法爾院釈含英25回忌記誌
発行者正親哲 平成5年8月15日発行
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